ぽかぽかゆるゆる札幌かけ流しモール温泉

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2月17日 札幌で初の温泉に行ってきました。

市内にあり、しかもかけ流しの温泉

十勝川温泉、斜里でも入ったモール温泉

看板によると、北海道の一部とドイツでしか確認されていないらしい珍しい植物性の泉質だそうな

しかも、入浴料が440円!! 素敵です。(^^)

ただタオルは浴槽に浸けていないけど、露天で体を拭いただけで茶色になるくらい、濃い茶色

モール温泉専用タオルの出来上がりです。(笑)




近場で、大地のエネルギーチャージが出来るところが見つかったので、嬉しいですね。

北海道も温泉があちこちにあるので、これからが楽しみです。

ぽかぽかゆるゆるで、のんびりまったり、自分を癒して解しましょう。



脱衣場にある体重計に久しぶりにのりましたが、思っていたほどの体重でもなく

入浴後には500g汗かいてました。

不要なエネルギーを手放すほどに、代謝は上がり、エネルギー循環が良くなります。

最近はエネルギーの出入りでの体のスースー感はなくなりましたが、体の一部が寒いくらいスースーエネルギーが抜けたり、手足がエネルギーチャージで熱くなったりしている人もいると思います。

それもどこかのタイミングで終わりますので、不快でしょうが大丈夫。



温泉リフレッシュ効果なのか、今朝は5時起き

ふとん中で粘るもののもう寝られない(笑)

まだ暗いけどブログ書いてます。



さて、今日はお楽しみのお出掛け

楽しんで来ます〜( ^o^)ノ
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本音で生きる

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自我が芽生える以前の小さな頃は、誰もが本音で生きていた

ただ、それが思う通りに受け入れられず、訳もわからず、困惑してきたことでしょう

そして、経験の中から身に付けてきた、この世で生きる術を自我はプログラミングして

生きやすく順応して、今の自分になっている。



これからの時代は、この世のルールが変わり、素の自分、本音で生きる時代へとシフトした

相手を想う優しさやおもてなし、それはそれでいいのですが

自分に対しても優しいのかが問われてる

自分の気持ちに素直になっているか

自分の本音を受け入れているか

それが出来た上での、相手に対しての優しさやおもてなしへとシフトした

自分を幸せに出来るのは、自分だけ

自分に優しくすることを受け入れられなければ、人からの優しさも受け取ることは難しい。



その為にも、自分の本音を認識しることは大切です

その本音を人に言えるか

言うことに恐れを感じるか

相手の反応が怖いか

そこに恐れや怖さを感じる時には、自分が身に付けてきたマイルール=生きる術のプログラムが作動しているかも

今までは、穏便に生きるための自動操縦プログラムが、もはやブレーキとアクセルが反転している

気付いたことから、マイルールを更新修正していくことが必要です。



自動操縦になれすぎると、マニュアル操縦がぎこちない

自動車のオートマとマニュアルはまだ変速だけですが

旅客機は自動操縦が進化している、離着陸や巡航などプログラムの世界

私たちは、手動操縦経験のないパイロットみたいな感じで

ガンダムを操縦し始めたアムロの様に、自分マニュアルを片手に自分を操縦している(笑)

人体の姿勢制御は自動操縦ですよね?

手を前に、指で掴んで、足を出してと、ひとつひとつの動作を考えながら動いている人はいませんよね。



私たちが、意識しているのは、主にどうしたいかであり、その指令を体が受け取り行動する

その機能を失った時などリハビリして、その指令回路を訓練から修復する

今は思考の自動操縦プログラムのリハビリ(改修)期間みたいなもの

新しいステージ用のルール対応MAPをナビゲーションにインストール中

気付いた、分かった部分からシフトして

今は新旧MAPの両対応

その比率が徐々に変化していて、日常よく使うエリアの更新が一番大変

何せ生きながら動きながらプログラムを書き換えますから、バグるとフリーズ

まあ、そんなこんなですけど、ひとりひとり自分のペースとベストなタイミングでシフトしてますから大丈夫

焦ることなく、これからも変化が続くことを受け入れるだけ

宇宙から、天から、沢山の愛をサポートを受けています

それを素直に受け取るだけ

日射しを求めながら室内にいたり、傘をさしたり

意外と反対のことをしているケースもあるものです

自分の気持ちを感じ取り、ニーズと行動に差異・ギャップがないか、今一度確認を



今日も素敵な一日が始まります

素直に、本音で生きましょう〜(^^)

小樽で雪かき汗かき、皿回り、気付く日々

昨日は小樽の実家で雪かき

前回汗だくだったので、薄着で雪かきしましたが汗かくレベルでした

札幌では雪かきすることないので「良い運動でしょう」と母に言われながら

2月の雪ですがプラス気温で湿った重い雪に、運動になってる。(笑)



お昼に回転寿司をご馳走して、母とお腹いっぱい食べてきました。

美味しそうで、写真を撮るのも忘れて食べる

「うん、美味しかった」

最近の回転寿司って、皿も回っているのだけど

回るのは、ほぼサンプルで注文のメモを渡す仕組み

この方が、ロスも減り、鮮度も上がり、お互いに嬉しいですね。

小樽に行くと市場で魚を買って帰るのが、楽しみのひとつで

夜はホッケの焼き魚定食。(^^)



変化のある日常は、普段気が付かない視点や感情などに気が付きやすい

この日も帰ってから、ネットを見ながら、いつもと異なる感覚でした。

最近は、意識がフラットに、状態は丸くなっている様に感じていて

色々な人や、色々な視点や、色々な価値観に対して、それこそが多様性であり

この世界が素晴らしい世界である基盤で在ることなのだと感じています。



今まで色々ともらっていたメッセージを振り返りながら

何故そうなのかが、何となくから、徐々に染みてきて、腑に落ちて来ています。

ひとりひとりが個性を活かして、強く耀かいていくのだけれど

その光に誰かが照らされて終わりではなく

光り輝く恒星と照らされる惑星意識から

ひとりひとりが、自ら光り輝く恒星へとシフトしていく



その時に光の強さや色や大きさを比べ競うのではなく

お互いが引き立て合える距離感や位置によって

周りから見る人々からは、星座の様に見えるグループなりユニットになるのでしょう

それが星団や銀河の様に発展形成していくのが、これからの私たちの意識次元なのだと感じています。



古いゲームの名残もあるので、自分の中のエゴとも言えるその感覚を手放していく

最近「サレンダー」って良く感じてる(笑)

ディセンションからアセンションへ

進行方向とルールが変わるこの時期は、お互いのエネルギーが混じり合う

川から海へ入る汽水域みたいに、流れは緩やかになり押される真水

押し寄せる波、月の動きと連動した潮位もあり

水は川から海に入りたいのに、海から波で押し返される

そんな感じが今なのでしょう

真水と海では、魚の呼吸(エラ)も仕様が違う

鮭も川を遡上する前は、河口で慣らす

私たちも今、新しいエネルギーに意識と体を順応すべく慣らし中。



そのシフトも順番があり、第1波のイノベーターの人たちは、既に抜けてる

第2波のアーリーアダプターは今シフトの真っ最中 ← いまここ

第3波のアーリーマジョリティーは、今外界の情報に翻弄されたり荒波に揉まれるような感覚を味わっているかも

第3波まで抜ければ、この世界のシフトも集合意識となり態勢も整ってくると思います。



それらの波も、ひとつの大きな波ではなく、無数の波が来ているので

どのタイミングで波に乗るのかは人それぞれ

だからこそ、人と比べず、自分の感覚を信じて、自分のタイミングで動きだそう。



外側の神もいいけど、内側の神はもっといい。

これからの時代の生き方に自分をチェンジ

意識を変えて、目的や目標を変えて、行動を変えて、結果が変わる

ひとりひとりが自分を幸せにする

そんな世界になれば、間違いなくみんなが幸せな世界になる

さあ、そんな世界を創造して参りましょう〜(^^)

美味しいチョコレートにも歴史がある

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チョコレートとは全く関係ないですが、北海道限定の「リボンナポリン・カツゲン」

ちょっと強引な北海道限定商品のコンビネーション、ナポリンは炭酸ですが、これは非炭酸

味はほぼカツゲンで後味でナポリンを感じます。

私は一緒よりそれぞれオリジナルが好みですね…



昨日は「バレンタインデー」でしたね。

facebookで見かけた「ビバ普通」響きました。

普通であること、中庸・ニュートラルでイイですね〜(^^)

昨日は、色々なエネルギーが渦巻く日

嬉しい気持ちやエネルギーは歓迎ですが、そうでない日に感じる人の方が多いのかも知れませんね。

カオスなエネルギーには意識を向けず、普通な1日を過ごしました。



さて「チョコレート」って美味しいですが、その歴史はとってもビター

フェアトレード商品があるくらいですから、普通のチョコレートはフェアじゃない

ここで使う「普通」は、中庸・ニュートラルではないですが、それが普通になっているチョコレートの世界

カカオの生産者で、チョコレートを知らない、食べたことがない人は多いようですし

児童労働なども絡んでいるみたいです。



カカオの生産国とチョコレートの生産国は、異なりアフリカでカカオは作られ、ヨーロッパでチョコレートは作られる

植民地と宗主国、それが答え

映画沈黙に続き、こちらも植民地が絡んできます。



リアルな植民地は第二次大戦を経て数十年で姿を消しましたが、経済的な支配などの間接統治はまだ残る

これから、それらが解放されていくと思います。

その為にも、多くの人が事実に気が付くことが大切だと感じます。

それは、チョコレートをボイコットするとかではなく、まず状況を知ることから初めて欲しい

極端な対応や誰かを責めたり反対運動などで、それらを破壊的に変えるのではなく

衝撃を与えず緩やかにみんなか幸せになる様にシフトしていくことが

ベターではないかと、私は思います。

ベストは、瞬間的に搾取が終わり、適正な取引になることですけど、現実的な対応が必要になりますよね。



この様な話しは、チョコレートだけでなくて、色々な所にある話しです。

ひとりひとりがそれらを知ることで、品物の選び方や、それに関わる人々への感謝の思いが、天を通じて還元されます。

どの様な意識や意図で選択するか、どの様に自分が生きて行くか

ちょっとしたことの積み重ねが、広い範囲に光を照らすことになる

その基準が、金額などの値段から、違う価値観にシフトする時

新しい何かが始まることでしょう。

その様なシフトを出来るところから、始めて生きませんか〜!?



映画「沈黙 サイレント」を観てきました。

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2月13日 映画「沈黙 サイレンス」を観てきました。

まだ観ていない人へ、ネタバレ多数あります。m(_ _)m



布教するイエズス会の宣教師からの視点

奉行は異国と異教から国を守る視点

キリシタンとなった日本人信者の視点

といくつかの視点が交差していましたが、主に宣教師の視点からの描写が多く

弾圧の被害者と加害者の視点もあるのですが、棄教した人の心理状態と信仰や愛とはというところに意識を向けていたと感じました。

特別感傷に浸る訳でもなく、引いた視点から観ていました。

過去生では関与していなかったのかな。



肝心の何故、キリスト教を弾圧したのか?

ということには一切触れていなかった割には

お奉行さんは博識でキリスト教のことにも理解を示しながら「危険」を訴えておりましたね。

何故、当時のキリスト教が危険なのかは、ただの布教する人々ではなく

宣教師は先遣隊であり、その国を調べて、植民地化できるかどうかを探っていたから

その時代は欧州各国がアジア・アフリカに植民地確保を競っていた時代

日本には侍がいたり、刀鍛冶が優秀で鉄砲も直ぐコピーしちゃうし

布教の本質に気付いた豊臣秀吉は「バテレン追放令」を出していますね。

イエズス会側も遠くから少数の軍隊が来たところで戦に勝てないことが解り

幕府と距離の在る大名に武器を売り内戦を仕掛ける戦略に出てきた。

その布教最終段階での物語が、この映画で江戸時代。



結果的に、キリストの愛を伝えに来たはずの伝道者である神父や宣教師が来たおかげで

沢山の人々の命が失われる結果となっており、信仰を守るが命は守らないという

キリストの伝えただろう愛とは異なるだろう結果が繰り返された。



映画の中では、棄教した神父が1番キリストの愛を知り伝えていたようにも思います。

奉行も宗教は違えど同じ教えとのニュアンスを言っていたと思いますが、それこそが真理で

自分が正しい、キリスト教こそ真理と言うのは、正義を振りかざしているに過ぎない

映画の中でも「死ねば天国に行けるんですよね?」と聞く信者、その様に教えてきた宣教師

ある意味では、イスラム原理主義のジハード=聖戦=自爆テロと似たようなロジック



布教していたイエズス会は裏では大名に武器火薬を売り、大名は女性(=奴隷)で払う

彼らは、単に布教に来たのではなく、植民地探しや自己の利益を追求していた

それこそが「キリスト教が危険だ」と奉行が言っていたこと。

当時のイエズス会の布教とは何だったのか、キリスト教の布教が手段で、植民地支配が目的だったのだと、私は感じます。



私たちの子どもの頃には習いませんけど、当時の欧州には沢山の女性が売られていて、その末裔が今でもいる事実があります。

江戸時代は鎖国政策を取ったからこそ、400年の平和を創り上げ、大衆文化に花が咲きました。

その後も武器商人達は諦めることなく日本を狙い、日清、日露、大東亜(太平洋)戦争へと日本を引き込み戦後を経て現在に至りアメリカに裏から経済支配されていますね(トランプ大統領で変化が起きそうですけど)、結果日本は戦争に負けるものの、世界から植民地もなくなりました。

この植民地の歴史は、慰安婦どころの話しじゃないのに、話題になりませんよね、そうしないのがマスコミですけど。

外から仕掛けられたからだけではなく、日本の大名や政治家や商人も己の目先の利益を求めて、グルになって戦争に突入したのは言うまでもありません。一部の人たちには戦争はビジネスです。

旧財閥系は、戦争でたっぷり儲けていましたし、戦後も残って今もありますよね。

今も危機を煽って、武器を売り買いするのはビジネスのため。



キリシタン弾圧でも、どの戦争においても多くの犠牲者は、兵士と一般民衆です。

為政者は、私腹を肥やし、戦争をゲームの様に利用して金儲け

今は世界戦争は出来なくなったので、地域紛争やテロと形を変えて危機を煽り、武器を売る

また、病気を作り、薬やワクチンを作り、売る

一般国民、市民の命など、何とも思わず、この世界を支配してきた。

世界を牛耳っているのは、数少ない王族などを中心としたファミリーで、彼らは裏で繋がっている

戦争も紛争もテロも全部やらせで自作自演。



そんな世界に住みながらも、この世の住人として、真実に真理に目覚めて生きるには

自分で自分を知り愛に生きて行くのが、私は良いと感じます。

光で闇を叩くと、永久ループに入るかも。

ドクターストレンジも赦せなくて、続編が出来そうでしたよね。(映画ビジネス)



今の世は昔と違い、世界情勢やその他色々なことも含めて自分で調べて知ることも出来ます

そして、その真贋を見極めるには自分を高めて、自分を信じることが大切だと私は思う。



無知の中で、純粋な人たちはキリストの愛を学び、人質のように利用された

現代になっても宗教は、教義とは別の目的や経済的な隠れ蓑になっていて、純真で真面目な信者は、教団にお布施をねだられる

今も昔も宗教の仕組みは変わっていないのかも知れませんね。

でも、これからは自分自神の時代に入る

多くの宗教の様に偶像崇拝する意識から、自分の中に神を見る意識へ



自分を信じるようになれば、神に依存したり、懺悔する必要もありませんね。

映画の中で、何度も懺悔し裏切っていた人がいましたが、彼が1番弱そうに見えて

1番自分を大切に守っていたのかも知れませんね。



そして、何度も彼の懺悔を受け入れていた宣教師は、受け入れること赦すことに葛藤しながら、棄教した。

あの映画の中では、命を救うために棄教した人に愛を感じましたね。



1つの映画から、感じる視点も沢山あるように、実際の歴史の中からはもっと沢山の視点があります

その歴史から何かを学ぶ時には、複数の視点、それぞれの関係者の光と闇を見て、自分の中の光と闇を見ると

色々な気付きや学びがあって、自分の感情の解放や愛について感じるだろうと思います。

一方的な視点で観てしまうと、勧善懲悪な物語になって、正義でものごとを捉え、正義は勝つと今までの延長になるのではないかと感じます。



世界の国々の中で、建国以来そのままの国体を維持している、日本国は世界最長の歴史を誇ります。

その積み重ねから、日本は世界に伝えられる意識が私たちのDNAに刻まれて在ります。

多くの国々は、何度も何度も隣国の強国に蹂躙され、土地を奪われ、言葉を奪われ、信仰を奪われてきました

現代でも国を追われた難民は発生しており、よその国に武力や宗教や経済で支配されている。





例え国レベルの話しであっても、その国を動かしているのは人であり

正義を振りかざすには悪が必要なので、自らの中に闇を認めない光は

光と闇の戦いとなる。

光が闇、善が悪を産み出しているようなもので

光と闇は切り離すような関係性ではない



それを踏まえて、同じ次元で物事を捉えずに、上の次元で捉えよう

問題は外側ではなく、自分の中で感じている

その訳を見ることで、自分の闇に光がさすことが分かると

外側との争いは消え、終戦を迎える。

自分の中の弱さや恐れを認めることから、意識の上昇は始まります。



歴史から何を学び、自分の中でどう活かしていくか

それをするもしないも自分次第

昔と違い、自分で沢山の事を調べ学べるこの時代

その意味で、無知は罪となり(自分にとっての罪)

知ることと行動することは、叡智の道

自分の命も先祖からの贈り物であり、子孫への橋渡し

脈々と繋がる命のリレーや智恵や経験のリレーは、耀く未来へ繋ぐ一瞬の閃光

この世界、この宇宙では、呼吸の吐く吸う、波の引き押し、膨張と収縮の様に

常に振幅のサイクルを繰り返しながら、進化成長しています

私たちの意識も光と闇から沢山の事を学び経験を積み意識の向上に努めています

自分自神に気付き、覚醒した意識で、魂を光り輝かせて、今を生きて参りましょう。