2017北海道シリーズの開幕を前に

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FC2ブログ、久しぶりです。

さて、雪解けと共に2017年すずけん北海道シリーズが開幕します。

何かスポーツっぽい表現ですが、今年はシーズンオフが長かったので、とても楽しみにしております。(^^)



何をしてるのかは、ハッキリと伝えられないので、キレがイマイチですが

やっている私自身もハッキリと全てがわかるからやっている訳でもなく

続々届くサインが気になるから、自分を信じてやってみて

現地に行ってみて感じることやわかること

はたまた大分時間が過ぎてから、何をしていたのかがわかること

全然わからないことも含めて色々とあります。



今までは自分自神の調整と経験を積むことだったり、試験が沢山あったりでしたが

今年は、自分自神の仕上げと、神社や史跡など過去の色々な現場などの地場調整と慰霊です。

地場調整って何!?

多次元的なエネルギー場の調整というのが、近い表現でしょうか

自分の過去のトラウマやインナーチャイルドの解放なども、仕組みは同じですが

今エネルギーを書き換えることで、過去のエネルギーを書き換えることが出来る

上書きとか、消去とか、そんな感じでしょうね。

人のヒーリングのみならず、場所の調整(ヒーリング)も行ってます。



3次元のリアルな街がキレイなのも、お掃除をしてくれる人がいるからであり

自然界(地球)にそれを委ねると、神々のお掃除方法は、台風とか、洪水とか、自神とか、山火事とか

神=カミ(火水)ですから、主に火と水の浄化となります。

その場合には、人の住む場所が現場となりことが多いので

出来るだけ、人々の生活に影響が出ない様に、エネルギー調整が進むことを願い、祈り、行動しております。



その様な負のエネルギーも、人の想念が創り出しているので

人が正のエネルギー(光)で調整することで

中和され、中庸(ニュートラル)な状態へと書き換えが可能です。

その為には、意図を持って、そのエネルギーを扱います。

また、その負のエネルギーとバランスするだけの正のエネルギー=光が必要なので

波動を上げて、光をその地に下ろしております〜(^^)



私の様なタイプのライトワーカーさん、その他のタイプのライトワーカーさん

お互いの担当領域で励みましょうね〜(^^)




現在のメインブログは、アメブロ → 光のなかま・光の中から見た景色 も見てね〜(^^)

すずけん放送局も見てね〜(^^) → Youtubeすずけん放送局
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二風谷アイヌ資料館・博物館巡り

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萱野茂 二風谷アイヌ資料館、二風谷アイヌ文化博物館、沙流川歴史館に行ってきました。

萱野茂 二風谷アイヌ資料館は、冬期12月〜3月は事前連絡必要です。

アイヌ民族として始めて国会議員になった萱野茂さんの個人コレクションを展示しています。


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個人的に衣装の文様などに目がいきます。


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チセ(家)もあります。


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二風谷アイヌ文化博物館

立派な建物で、展示物も豊富でした

シーズンオフなこともあり貸切状態

どんな施設でもそうですが、やっぱり沢山の人に見て、感じて、体験する人が増えると良いですね。

モヨロ貝塚館や北方民族博物館の様に、音声ガイドがあるともっと深い奥行きを感じられたので、是非他の施設でも音声ガイドなどを増やしてもらいたいと思いました。


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アイヌ文様


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可愛い鮭


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展示


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アイヌ文様


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アイヌの風習


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地図で南が上というのは新鮮に感じます。


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アイヌモシリ・人間が生きる大地


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結氷している二風谷湖

二風谷ダムのダム湖であり、ここに住むアイヌの人々にとって生活の場であった沙流川流域を水没させた。

どこの公共事業でもありがちな決着を見せたが、アイヌの先住を広く訴えた裁判もありました。


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二風谷湖にて、光のワークと慰霊を行い、強い光のサポートを頂きました。



過去の時代は、権力(パワー)には勝てない時期が続いてきました。

少数民族、平和な民族は特に、力による制圧により苦難の歴史が、世界中にありました。

北海道においてはアイヌ民族が、江戸、明治、大正、昭和、平成と異文化との交流が起きたことにより、伝統文化を維持継承することを困難にし、他民族のみならず、アイヌ民族同士でも意識の差が開き差別と苦難の時を過ごしていました。

更に前の時代の先住民である、モヨロ人や縄文遺跡などを残した人々は、その様な文明の衝突はなかったのかも知れませんが、忽然と姿を消しているのか、他の民族に統合されたのか?



今の時代になり、ようやく民族間で文化を、ひとりひとりで個性を認め受け入れることが出来る様になってきたのだと思います。

阿寒、十勝、白老、二風谷と巡ったことにより、アイヌフォーラムで聞いた、2020年の民族共生象徴空間の意味合いが、自分の中で結ばれたように感じます。



先ずは、自分の中での争いを終えることが最優先であり

自分自神がバランスを取り戻すことが大切だと感じます

それが、身近な周りへと拡がり、地域や民族や宗教など

大きな集合体へと拡大し、従来常識と思ってきた意識の枠が外れて行くことでしょう。



是非、みなさんも自分の興味の引かれることを感じるままに、自分で体験して感じてみて下さい。

そこから、何か見えてくる、見えない世界があると思いますよ。(^^)



全てを終えて、遅いランチを取りながら、前から来ていた「123サイン」の意味を理解した。

12月3日だった(笑)

一本の電話が、準備OKを告げてくれた。

さて、一歩ずつ着実に歩んで参りましょう〜(^^)



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ルイカつながる。 白老アイヌ民族博物館・御前水・ウトナイ湖へ

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2020年 ルイカ(橋)つながる。

白老町に、民族共生象徴空間、国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園が誕生します。

北海道白老から、国内へ、世界へ、人々の心に大きな架け橋がつながることでしょう。


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白老、ポロトコタン、アイヌ民族博物館に行ってきました。

昔は国道36号線辺りにあったそうですが、街の拡大に伴いポロト湖畔へ移転したそうです。


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ポロトコタンの中に、アイヌ民族博物館があるのですが、ここはアイヌの人々が財団法人を作り文化の継承維持と伝統の情報発信をしております。


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松浦武四郎さん

幕末から明治にかけての冒険家、北海道の名付け親であり、蝦夷地をアイヌ民族を自分の足で見て回り、中立な視点で和人のアイヌの関係性と共に記録した偉人。


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知られざるアイヌ民族の素顔や生き方について、住処を奪い、自由を奪い、生活の糧を奪った和人でしたが、記録したのも和人でした。

他にも他国の冒険家や商人などが記録したアイヌ民族の記録もありますが、北海道をくまなく巡り記録した松浦武四郎さんの功績はとても大きなものだと思います。

時代背景からして、各国が国土を広げて行く時期でもあり、アイヌ民族と交易を続けていた和人が北海道に進んでいなければ、ロシアが南下してきた時代の流れもあり、そうであったなら私自身も北海道に生まれることはなかっただろうと思われるので、何とも言えない感覚です。


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熊と北海道犬が飼われておりましたが、動物園より酷い環境であり、熊をカムイとして生きてきたアイヌのスピリットを全く感じない、飼われ方(見世物)に残念な思いがしました。


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沢山の観光客や修学旅行生が訪れて、古式舞踊や歌を見学しているそうです。

この日は韓国からの観光客の団体さんと一緒に見学しました。


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樺太アイヌの楽器、トンコリの演奏


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舞踊


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ウポポ(座り歌)


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ムックリ演奏


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公演後にお話しを聴かせてもらいました、白老では上手く観光化することで、ポロトコタンという形を残すことで、形のないアイヌ文化を継承することが出来ているのだと感じました。

公演はアイヌ語の挨拶から始まるのですが、韓国からの観光客には韓国語で、私達には日本語で挨拶したり、通訳さんを通してのちょっとした会話の掛け合いやお客さんを楽しませようとする気持ちが、伝わって来ました。

2020年には国立博物館となるアイヌ民族博物館は、世界人々に向けて大きな架け橋の基礎を作ってきたのだと見て聞いて感じることが出来ました。

ありがとうございました。m(_ _)m


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ポロトコタンでの慰霊と龍の解放


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雪の降る中での光のワークには、終了後に陽の光がポロト湖一帯に差し込みました。


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独特のデザインと色彩感覚


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地域で微妙に異なる独創性を持ちながら、魔除けの意味もある機能性のあるデザイン


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アイヌ民族の自然とカムイと人の世界感

大地と共に、カムイと共に生きていた。


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全国巡礼サインを背負うトラックが追い越していく(笑)


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当日、急遽追加したポイント、御前水


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明治天皇へ提供したことが名前の由来

見た目は綺麗な湧き水なのですが、現在は飲用不可


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御前水が飲めなくなった理由はこれでした。


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何とこの場所で、鹿の缶詰を製造していました。

鹿の屠殺、死体の埋め立てていたと思われ、それらの行為がこの土地を穢し汚してしまい、湧き水を穢し川を穢しウトナイ湖を経て苫小牧へと流れていた。


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ウトナイ湖へ向かう国道36号線にて鹿サイン


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ウトナイ湖は鳥たちのサンクチュアリ(聖域)

ウトナイ湖に光を入れて浄化したことで、鳥たちにも光の恵みが届くことでしょう。

ウトナイ湖が北海道の形に見えました、北海道に光を入れた感じがして嬉しいです。


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鹿さんから御礼で、姿を見せてもらえた感じです。


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ラムサール条約登録湿地のウトナイ湖


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流石! 鳥たちのサンクチュアリです。


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鉄の鳥も飛んでますよ〜(^^)

しかも鶴丸(JAL)でした。


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ウトナイ湖です。


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苫小牧と言えば、アタルさんラブの「とまチョップ」


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お約束な顔出しパネルのとまチョップ


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北海道に見えますよね〜(^^)



今回のツアーは、事前に行く予定だったのは白老だけで、他は流れで急浮上したポイントでした。

翌日で、2016年を締め括る感じとなり、123サインの意味会いに気付くことが出来ました。

全ては、完璧な神仕組みであり、感じるままに演じる神劇であったことに感謝の気持ちでいっぱいです。

ご縁とサポートを頂きました、神々、カムイ、ありがとうございました。



歴史に学び、今を生きる

叡智を今に生かす、私達の意識が、行動が、問われる時

何を感じ、何を想像し、行動し、想像するのか!?

ひとりひとり、思うがまま、感じるままに、生きて行きましょうね〜( ^o^)ノ



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十勝アイヌ・伏古コタン・チョマトウ沼の歴史と今

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伏古コタン

十勝アイヌは、和人の政策により住むところを制限され、集められて住んだ場所が伏古コタン


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チョマトウ公園

三日月状の沼であったチョマトウ沼が、今のちっぽけの姿になったのは平成16年

真っ直ぐな道路にするという目的からなのか、帯広市の都市計画道路・玄武通整備にて現在の姿になりましたが、20年に及ぶチョマトウ沼の保存運動と対立の後、チョマトウ沼の9割以上が埋め立てられて、今に至ります。


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北門神社 


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北門神社境内図

北門神社の敷地内にチョマトウ沼もチョマトウ神社など他の神社もある、不思議なところ


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北門神社の方に、お話しを聞くことが出来て、今の姿になるまでの経緯を知ることが出来ました。

一般的な神社とは異なる宗教法人だそうで、元は北九州にあるそうです。

当初は帯広の中心市街地にて活動されていたそうですが、信者の増加と共に手狭になり、ご神託にて移転先を告げられ場所を探したところ、埋め立て前のチョマトウ沼周辺だったそうです。

その時の地権者は和人だったそうですが、当時アイヌの人には土地の所有概念がないため、和人の土地として登記されたのかも知れません。

結果的には、ご神託により北門神社がチョマトウ沼を含めたこの土地へ移転していたおかげで、今のチョマトウ沼が残っているのだと思います。

チョマトウ沼の保存と道路建設には、アイヌと和人の対立ではなく、双方にアイヌと和人が居て複雑、当時アイヌの人も土木工事業をしており工事受注したい人や、和人でもチョマトウ沼の歴史的意味を理解し保存したい人など、民族対立ではなかったそうです。

北門神社さんも移転を決めた先代の方が亡くなって以降、社会情勢の変化に伴い帯広市の意向を受け入れることになったそうです。

それでもチョマトウ沼が、残っていて良かったです。


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チョマトウ沼


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チョマトウ神社

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チョマトウ沼では、十勝アイヌと日高アイヌ・北見アイヌとの戦いについて口伝で伝承されている内容から沢山の人の御霊が残っており慰霊しました。

由来についてでは、チョマトウ沼の2/3が埋め立てられたとありますが、最終工事の話しだと思われます。

公園の看板の古地図ではかなり大きいので、徐々に埋め立てられて、最後まで残っていたのが北門神社のしきちだったのでしょう。


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不動神社


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愛馬神社


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チョマトウ戦没者慰霊碑

チョマトウの戦没者のみならず、周辺の十勝アイヌの人々の慰霊をさせて頂きました。


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慰霊碑の裏には、チョマトウの由来が書いてあります。


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境内内のめずらしい動植物


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慰霊を終えて帰りには、光のサポートがサンサンと降り注ぐ


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帯広と言えば六花亭

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栗ぜんざいでコンプリート



この日は、久しぶりにどんより重たくなり凄く疲れました。

現場で相当のエネルギーを使い、持ち帰り分は夜に対応しました。

多くの御霊にとって、アイヌとか和人とか民族間の対立ではなく

個として感じた感情が残っており、それはアイヌ、和人、他民族に関わらず共通でしょう

ひとりの人として、この世での体験からの感情と想いがその場の地場(磁場)に記憶される。



その地場(磁場)から解放、解き放つことで、その記憶が天へ帰還していくのでしょう。

地場(磁場)調整は地味ですけど大事なことと思っております。

セカンドステージの慰霊は、今後もつづく…



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網走へ

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今回のツアーラストは網走へ

ちなみに写真はパネルです。

当初、網走まで来る予定ではありませんでしたが、北方民族博物館が気になり、モヨロ貝塚、網走監獄へと行く流れになりました。


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網走神社


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昔は人が沢山来ていた感じですが、今は忘れられ寂れてしまっている様子で光を求められる

地元の人が続けて行かないと神様は地域を守れないので

神社に気付き参拝に行く人が増えることを祈ります。


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網走護国神社

護国神社は、国を守るために殉職した人を地元で祀っています

網走神社にも増して人が来ない感じでしたので、網走神社へ行く際にはこちらもご参拝ください。


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モヨロ貝塚館

北海道の先住民族と言えば、アイヌ民族が思い浮かぶと思いますが、その前の時代には、モヨロ人と呼ばれる別の民族が網走の地に暮らしていたようです。

貝塚や竪穴式住居跡や墓地などから、当時の暮らしが垣間見えますが、何らかの理由から他の地へ移動したか、アイヌ民族に同化していったのではないかと感じます。

モヨロ人としては、文化が完結しており、歴史の1ページを垣間見た感じとなりました。


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石で作った「熊」

熊を祀る文化を持っていたようで、熊の頭蓋骨の祭壇なども遺跡から見つかっている

貝塚からは、当時の食生活や狩猟技術も判明しており、高度な智恵を持っていた民族の様でした。


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北方民族博物館


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北方民族 北極圏の周囲に住まう、先住民族達の文化を伝える博物館


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カラフルな民族衣装達


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トーテムポール



食文化や狩猟技術など、現代まで伝わる文化を紹介しています。

モヨロ人と異なるのは、文化が続いているところ

北海道で言えば、アイヌ文化は風前の灯火

アイヌがモヨロの様に消えゆく文化なのか

私達に受け継がれていく文化となるのか

目に見えない、想い、心、魂の部分が文化の根幹

命を繋ぐこと、生きること

直接関わる人のみならず、今に生きる私達が感じて受け取り繋ぐものが

次へと繋がる文化となる

どんな文化を残して生きたいですか〜?


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網走監獄

監獄ですから犯罪者が収監されていたのですが、北海道開拓時代においては囚人は開拓の労働力として使われ、収監と同時に強制労働させられる二重の罰を与えられていました。

網走〜旭川間の中央道路は囚人道路と呼ばれ、亡くなればその地に埋められる扱いを受けていました。


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囚人道路石慰霊碑

国道238号線と道道104号線の交差点に建てられている慰霊碑

慰霊碑建設に携わった人達が今も維持管理されている様子でした。



小学校の授業で、北海道開拓の道路やトンネルでは亡くなったり亡くなりそうな人をそのまま埋める、人柱などがあったと記憶しています。

モヨロ人などの先住民族の文化を見た後に、これらの扱いを目にすると

現代人がどの程度の文化レベルであるのかを感じてしまいます

目に見える部分は立派でも、目に見えない部分が貧相であること

物質的に豊かでも、精神的に貧しいのこと



先住民族を野蛮だと見下す意識が、以前の私にはあったと思います。

でも本質的に貧しいのは現代人です。

これから次の時代に目指すのは、精神的にも物質的にも豊かになること。

その為には精神的に豊かな民族、人々の歴史から、智恵を叡智を学ぶこと。



見えると見えないどちらも豊かな時代をこれから私達が創造して生きます。

その歴史の1ページに、これから私達が想像し行動し想像することが書かれていくことでしょう。

それぞれの道を歩むことで、それぞれの担当ページに記録され、新しいアカシックレコードになるのでしょう。




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おまけ

帰り道の足寄の道の駅にて、松山千春とツーショット


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地元の有名人が地域の光なら、地元の殉職者が影になのかな

護国神社の様に祀られていても、光が届かないところがあるのですから

公務で亡くなった警察消防自衛隊はもちろん、一般の人に至ってはまったくのノーマーク

みなさんも自分の出来る範囲で、ご先祖さまなどへ祈りで光を届けて頂けたら幸いです。



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