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映画「沈黙 サイレント」を観てきました。

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2月13日 映画「沈黙 サイレンス」を観てきました。

まだ観ていない人へ、ネタバレ多数あります。m(_ _)m



布教するイエズス会の宣教師からの視点

奉行は異国と異教から国を守る視点

キリシタンとなった日本人信者の視点

といくつかの視点が交差していましたが、主に宣教師の視点からの描写が多く

弾圧の被害者と加害者の視点もあるのですが、棄教した人の心理状態と信仰や愛とはというところに意識を向けていたと感じました。

特別感傷に浸る訳でもなく、引いた視点から観ていました。

過去生では関与していなかったのかな。



肝心の何故、キリスト教を弾圧したのか?

ということには一切触れていなかった割には

お奉行さんは博識でキリスト教のことにも理解を示しながら「危険」を訴えておりましたね。

何故、当時のキリスト教が危険なのかは、ただの布教する人々ではなく

宣教師は先遣隊であり、その国を調べて、植民地化できるかどうかを探っていたから

その時代は欧州各国がアジア・アフリカに植民地確保を競っていた時代

日本には侍がいたり、刀鍛冶が優秀で鉄砲も直ぐコピーしちゃうし

布教の本質に気付いた豊臣秀吉は「バテレン追放令」を出していますね。

イエズス会側も遠くから少数の軍隊が来たところで戦に勝てないことが解り

幕府と距離の在る大名に武器を売り内戦を仕掛ける戦略に出てきた。

その布教最終段階での物語が、この映画で江戸時代。



結果的に、キリストの愛を伝えに来たはずの伝道者である神父や宣教師が来たおかげで

沢山の人々の命が失われる結果となっており、信仰を守るが命は守らないという

キリストの伝えただろう愛とは異なるだろう結果が繰り返された。



映画の中では、棄教した神父が1番キリストの愛を知り伝えていたようにも思います。

奉行も宗教は違えど同じ教えとのニュアンスを言っていたと思いますが、それこそが真理で

自分が正しい、キリスト教こそ真理と言うのは、正義を振りかざしているに過ぎない

映画の中でも「死ねば天国に行けるんですよね?」と聞く信者、その様に教えてきた宣教師

ある意味では、イスラム原理主義のジハード=聖戦=自爆テロと似たようなロジック



布教していたイエズス会は裏では大名に武器火薬を売り、大名は女性(=奴隷)で払う

彼らは、単に布教に来たのではなく、植民地探しや自己の利益を追求していた

それこそが「キリスト教が危険だ」と奉行が言っていたこと。

当時のイエズス会の布教とは何だったのか、キリスト教の布教が手段で、植民地支配が目的だったのだと、私は感じます。



私たちの子どもの頃には習いませんけど、当時の欧州には沢山の女性が売られていて、その末裔が今でもいる事実があります。

江戸時代は鎖国政策を取ったからこそ、400年の平和を創り上げ、大衆文化に花が咲きました。

その後も武器商人達は諦めることなく日本を狙い、日清、日露、大東亜(太平洋)戦争へと日本を引き込み戦後を経て現在に至りアメリカに裏から経済支配されていますね(トランプ大統領で変化が起きそうですけど)、結果日本は戦争に負けるものの、世界から植民地もなくなりました。

この植民地の歴史は、慰安婦どころの話しじゃないのに、話題になりませんよね、そうしないのがマスコミですけど。

外から仕掛けられたからだけではなく、日本の大名や政治家や商人も己の目先の利益を求めて、グルになって戦争に突入したのは言うまでもありません。一部の人たちには戦争はビジネスです。

旧財閥系は、戦争でたっぷり儲けていましたし、戦後も残って今もありますよね。

今も危機を煽って、武器を売り買いするのはビジネスのため。



キリシタン弾圧でも、どの戦争においても多くの犠牲者は、兵士と一般民衆です。

為政者は、私腹を肥やし、戦争をゲームの様に利用して金儲け

今は世界戦争は出来なくなったので、地域紛争やテロと形を変えて危機を煽り、武器を売る

また、病気を作り、薬やワクチンを作り、売る

一般国民、市民の命など、何とも思わず、この世界を支配してきた。

世界を牛耳っているのは、数少ない王族などを中心としたファミリーで、彼らは裏で繋がっている

戦争も紛争もテロも全部やらせで自作自演。



そんな世界に住みながらも、この世の住人として、真実に真理に目覚めて生きるには

自分で自分を知り愛に生きて行くのが、私は良いと感じます。

光で闇を叩くと、永久ループに入るかも。

ドクターストレンジも赦せなくて、続編が出来そうでしたよね。(映画ビジネス)



今の世は昔と違い、世界情勢やその他色々なことも含めて自分で調べて知ることも出来ます

そして、その真贋を見極めるには自分を高めて、自分を信じることが大切だと私は思う。



無知の中で、純粋な人たちはキリストの愛を学び、人質のように利用された

現代になっても宗教は、教義とは別の目的や経済的な隠れ蓑になっていて、純真で真面目な信者は、教団にお布施をねだられる

今も昔も宗教の仕組みは変わっていないのかも知れませんね。

でも、これからは自分自神の時代に入る

多くの宗教の様に偶像崇拝する意識から、自分の中に神を見る意識へ



自分を信じるようになれば、神に依存したり、懺悔する必要もありませんね。

映画の中で、何度も懺悔し裏切っていた人がいましたが、彼が1番弱そうに見えて

1番自分を大切に守っていたのかも知れませんね。



そして、何度も彼の懺悔を受け入れていた宣教師は、受け入れること赦すことに葛藤しながら、棄教した。

あの映画の中では、命を救うために棄教した人に愛を感じましたね。



1つの映画から、感じる視点も沢山あるように、実際の歴史の中からはもっと沢山の視点があります

その歴史から何かを学ぶ時には、複数の視点、それぞれの関係者の光と闇を見て、自分の中の光と闇を見ると

色々な気付きや学びがあって、自分の感情の解放や愛について感じるだろうと思います。

一方的な視点で観てしまうと、勧善懲悪な物語になって、正義でものごとを捉え、正義は勝つと今までの延長になるのではないかと感じます。



世界の国々の中で、建国以来そのままの国体を維持している、日本国は世界最長の歴史を誇ります。

その積み重ねから、日本は世界に伝えられる意識が私たちのDNAに刻まれて在ります。

多くの国々は、何度も何度も隣国の強国に蹂躙され、土地を奪われ、言葉を奪われ、信仰を奪われてきました

現代でも国を追われた難民は発生しており、よその国に武力や宗教や経済で支配されている。





例え国レベルの話しであっても、その国を動かしているのは人であり

正義を振りかざすには悪が必要なので、自らの中に闇を認めない光は

光と闇の戦いとなる。

光が闇、善が悪を産み出しているようなもので

光と闇は切り離すような関係性ではない



それを踏まえて、同じ次元で物事を捉えずに、上の次元で捉えよう

問題は外側ではなく、自分の中で感じている

その訳を見ることで、自分の闇に光がさすことが分かると

外側との争いは消え、終戦を迎える。

自分の中の弱さや恐れを認めることから、意識の上昇は始まります。



歴史から何を学び、自分の中でどう活かしていくか

それをするもしないも自分次第

昔と違い、自分で沢山の事を調べ学べるこの時代

その意味で、無知は罪となり(自分にとっての罪)

知ることと行動することは、叡智の道

自分の命も先祖からの贈り物であり、子孫への橋渡し

脈々と繋がる命のリレーや智恵や経験のリレーは、耀く未来へ繋ぐ一瞬の閃光

この世界、この宇宙では、呼吸の吐く吸う、波の引き押し、膨張と収縮の様に

常に振幅のサイクルを繰り返しながら、進化成長しています

私たちの意識も光と闇から沢山の事を学び経験を積み意識の向上に努めています

自分自神に気付き、覚醒した意識で、魂を光り輝かせて、今を生きて参りましょう。
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