宇宙交響楽団 音を響かせよう〜♪

今朝は珍しく二度寝、三度寝と繰り返しながら多次元を覗きに行っているような感じでした。

今この次元の住人の私達は、深い催眠に似たような思考停止したまま、マインドに与えられた行動プログラムに従い生活している様なものなのだなと改めて感じています。

その事に各自が自ら気付くことの困難さを感じ、出来たことに達成感を感じつつも、想いとは異なる結果に見えることに対して歯がゆい感覚もありながら、今出来ること、今やりたいことに意識を向けてその先の道に歩み出している。

でも感覚としてはゴールから逆行して今に繋いでいる感覚もあり、その場合には接続さえ途切れなければ成功するしかありません。(^^)




現代において、魂や心の自由度は社会適合率と反比例しているのかも知れません。社会的ルールや常識と言う枠にガッチリと囲まれ、いやそれを自分のものとして使いこなしている人はそれが魂や心にとっての檻であることに気付かず、土台であるとさえ思っているかも知れません。

その様な社会の中で落ちこぼれずにその枠に気が付くことは困難至極でしょうね…

逆に落ちこぼれたり、ドロップアウトした人の方が、自らの思考を復活させ、自ら考えて行動する人の方が多いでしょう。もちろんどちらのルートも割合の問題であり全員がそうだという訳ではありません。



健康問題、親しい人との離別、会社の倒産や退職、自然災害、事件事故などの人生における強烈なインパクトを受けたときにその枠が緩んだり壊れたりして、自分の本質に近づき、感じ、自らの思考を再起動させる人は多いことでしょう。

地球の波動が上がってきている今現在では、その衝撃が小さくても枠を緩めたり壊すことは容易になってきています。

しかしながら自ら気付いて行動するしか、私は他の方法を知らず伝えることの限界を感じています。

受け取る気の無い人に、ボールを投げてもキャッチはしてもらえず、逆にボールをぶつけたと怒られることでしょうから、投げません。


それでも可能性のある限り、投球動作を繰り返し、受け取る構えの人を探してボールを投げ続けます。




子供の頃「宇宙」という本が家にあって、地球や太陽系の星々や銀河の大きさが書かれていました。
「宇宙はどこまであるのだろう?」なんて思いながら見ていた記憶があります。

この宇宙が誕生し太陽系や地球が出来て、人類が住むようになり、現在に至るまでには、途方も無い歳月を要していることでしょう。

私達の人生など、そのスケールで見るとほんの一瞬のこと。



その一瞬こそがとても豊かな体験であり、宇宙というオーケストラに響く音そのものなのだと感じます。

そして間もなくそのオーケストラの1つの楽章を終えるとき、最後のハーモニーを共に鳴らし、次のオーケストラの一員になるべく、胸躍らせていることでしょう。

みなさんも素敵な音を響かせてくださいね〜( ^o^)ノ
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