飛騨ツアー行ってきました。

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4月23日 飛騨ツアーに行ってきました。

22日に泊まったホテルに貼ってあったポスターです。

こういうときは都合良くイベント参加者がいないもので、このサインを受け取り23日の予定を変更しましました。

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ナビで妙見神社をセットして行きました、そうしたらそこがその巨石群の一部でした。

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妙見さんにご挨拶してから一帯を見たのでしたが…

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ここのエネルギーは強く感じました。

でも妙見とは妙見道が日本に入ってきてから北斗七星・北極星を信仰していた星信仰を妙見としてしまったものであり、全く違うそうです。

ここの神様はニギハヤヒであると思います。

巨石群に関しても色々あるようで、今後明らかになって行くと思います。

詳細は下呂市観光ポータルサイトでご覧ください。 → 金山巨石群岩陰遺跡

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人と比較してどの位大きいのか、ご覧ください。

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お日様ありがとうございます。





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水無神社

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重くはないけど、軽くはない、寂しさがある。

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ここでは拝殿に上がっての参拝が初穂料1000円で可能で、今回は中で参拝しました。

でもメッセージをもらえる状況でもなく、写真はこの位置からOKでました。

直会で聞いた話は後ほど。

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この木は枯れているのですが、ここの磁場は違う様です。





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日輪神社は場所がハッキリわからなかったので、わかるようにサインをくださいと神様にお願いしていましたら、選挙カーが鳥居前に停まり候補者が手を振っているではありませんか(笑)

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ネットで調べると御祭神は天照皇大御神なのですが…

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ここも木の根が階段のように張り巡っておりました。

エネルギーは強く感じるのでしたが…

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参拝前からラップ音がパチピチと…

参拝していつも通りのワークをして、メッセージをもらおうとするが、まだで後ほどと…

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参道を戻っていたらこのポイントで呼び止められ、わかっているのに自らハートを閉ざし頼っていることを叱られました。

それ自体も教えてもらわないと気付けませんでした。m(_ _)m

「わからないにフォーカスしている、自分でわかるのに恐れているのか?」と聞かれ、いつも自分が言葉がブーメランになって戻り、徐々に明らかになってきた自分の本質について受け入れてきているけど、奥底では拒否していたのかもしれません。

ダークサイドから来ていること、過去の行為を受け入れること、そして自分を赦すこと

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自分自身で神性からの言葉を言っていても、その認識がなく無意識で言っている。

ツアー計画やイベントやセッションや放送、そしてこのブログでもポイントを突いたことを言っていても、そのソースを自覚出来ていない。

今回の日輪神社は、御祭神:天照皇大御神と言われているところを元々の神様、ニギハヤヒに来て頂くことを目的としていました。

この日わかったことは、天照皇大御神がいたのではなく、眷属達が守っているところでした。必要に応じて神は来ていた模様ですが、眷属以外の低次元存在も多数いたようです。それがラップ音に繋がります。

それらには天界に上がって頂き、整理されたところで、ニギハヤヒが降りてくれるとのことでした。

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日程を終えてこの日の宿泊地、富山をナビにセットして向かうのですが、何故か逆をルート案内してしまう、3度目で正常になったのですが、それがニギハヤヒからの反転・清浄完了のサインでした。


金山巨石群よりエネルギーを強く感じたのは、眷属の方が私達に周波数が近いからで、神様の周波数を捉えられるほどその周波数にチューニング出来ていないようでした。細かすぎてわからないのでしょう。





この日はニギハヤヒ、水無大神との直会になり、前日の楽しすぎる直会とは異なり、まじめな会でした。

ニギハヤヒに直会について聞いてみると「今の人間は自分のことばかりでそんな余裕を持っているのはほとんどいないだろう」と言われました。

今まで手をさしのべながら、人間に隠されてきた神様のニギハヤヒは、一歩引いた感じで人間を観ている様でした。

「どんなストーリーになるのかわかって生まれたのだろう!? それを思い出すだけだと」


水無大神の寂しさは、地球に取り残された感覚の様でした。

人間は神様を呼び祈りを捧げて守護をお願いしていたのが始まりなのでしょうが、神様は人間の様に転生するわけではないので、契約は切れるまでは(たぶん)ずっとそこにおられます。

人間は何代にも渡りその神様を地域の守り神として大切にしてきたのですが、現代の多くの神社は当初の人々の想いとはかけ離れてきているように思います。

昔この地方は有力な豪族がいる訳でもなく、人が沢山いる訳でもない。食べるのがやっとの山に囲まれた土地だったそうです。それでも集落はあり、人々は暮らしていたと。

その様な人々を土地を守り続けてきたそうです。

水無神社の奥宮は位山であり、その昔世界天皇スメラミコトの即位をしていた場所でもあるようです。今はそれは違う様になっておりますが…



次は今回の浜松〜富山ラインの最終地へ行ってきます。
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