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十勝アイヌ・伏古コタン・チョマトウ沼の歴史と今

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伏古コタン

十勝アイヌは、和人の政策により住むところを制限され、集められて住んだ場所が伏古コタン


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チョマトウ公園

三日月状の沼であったチョマトウ沼が、今のちっぽけの姿になったのは平成16年

真っ直ぐな道路にするという目的からなのか、帯広市の都市計画道路・玄武通整備にて現在の姿になりましたが、20年に及ぶチョマトウ沼の保存運動と対立の後、チョマトウ沼の9割以上が埋め立てられて、今に至ります。


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北門神社 


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北門神社境内図

北門神社の敷地内にチョマトウ沼もチョマトウ神社など他の神社もある、不思議なところ


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北門神社の方に、お話しを聞くことが出来て、今の姿になるまでの経緯を知ることが出来ました。

一般的な神社とは異なる宗教法人だそうで、元は北九州にあるそうです。

当初は帯広の中心市街地にて活動されていたそうですが、信者の増加と共に手狭になり、ご神託にて移転先を告げられ場所を探したところ、埋め立て前のチョマトウ沼周辺だったそうです。

その時の地権者は和人だったそうですが、当時アイヌの人には土地の所有概念がないため、和人の土地として登記されたのかも知れません。

結果的には、ご神託により北門神社がチョマトウ沼を含めたこの土地へ移転していたおかげで、今のチョマトウ沼が残っているのだと思います。

チョマトウ沼の保存と道路建設には、アイヌと和人の対立ではなく、双方にアイヌと和人が居て複雑、当時アイヌの人も土木工事業をしており工事受注したい人や、和人でもチョマトウ沼の歴史的意味を理解し保存したい人など、民族対立ではなかったそうです。

北門神社さんも移転を決めた先代の方が亡くなって以降、社会情勢の変化に伴い帯広市の意向を受け入れることになったそうです。

それでもチョマトウ沼が、残っていて良かったです。


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チョマトウ沼


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チョマトウ神社

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チョマトウ沼では、十勝アイヌと日高アイヌ・北見アイヌとの戦いについて口伝で伝承されている内容から沢山の人の御霊が残っており慰霊しました。

由来についてでは、チョマトウ沼の2/3が埋め立てられたとありますが、最終工事の話しだと思われます。

公園の看板の古地図ではかなり大きいので、徐々に埋め立てられて、最後まで残っていたのが北門神社のしきちだったのでしょう。


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不動神社


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愛馬神社


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チョマトウ戦没者慰霊碑

チョマトウの戦没者のみならず、周辺の十勝アイヌの人々の慰霊をさせて頂きました。


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慰霊碑の裏には、チョマトウの由来が書いてあります。


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境内内のめずらしい動植物


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慰霊を終えて帰りには、光のサポートがサンサンと降り注ぐ


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帯広と言えば六花亭

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栗ぜんざいでコンプリート



この日は、久しぶりにどんより重たくなり凄く疲れました。

現場で相当のエネルギーを使い、持ち帰り分は夜に対応しました。

多くの御霊にとって、アイヌとか和人とか民族間の対立ではなく

個として感じた感情が残っており、それはアイヌ、和人、他民族に関わらず共通でしょう

ひとりの人として、この世での体験からの感情と想いがその場の地場(磁場)に記憶される。



その地場(磁場)から解放、解き放つことで、その記憶が天へ帰還していくのでしょう。

地場(磁場)調整は地味ですけど大事なことと思っております。

セカンドステージの慰霊は、今後もつづく…



*** すずけん放送局 ***

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