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諏訪照雲頼重 鎌倉にて

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6月15日(日) シリウス鎌倉で行った最後の癒龍を終えて、長野ツアーで判明した、過去生のひとつ諏訪照雲頼重の最後の地、鎌倉大御堂に行ってきました。

休日の鎌倉は人がいっぱいおりますが、大御堂(勝長寿院)跡地は現在一般住宅地となっており、石碑に名残を留める程度となっており、あまり人が訪れる地ではありませんでした。

諏訪照雲頼重は、中先代の乱で鎌倉に挙兵しましたが敗れ、勝長寿院にて切腹しました。

大御堂付近に着いたときに、どこかな〜? と思いながら自然とお腹をさすっていました。痛くはない。

ポイントと思われるところは、民家なのでそこまでたどり着けませんでしたが、付近の路上から祈りを捧げて、メッセージを頂きました。

諏訪照雲頼重「汝我に蘇りしこの世の夢」

諏訪大社前宮では、よく来た程度でしたが、今回は大御堂に行くと決めたときから、そのタイミングに合うように降りて待っていてくれていたそうです。

切腹の祭は、介錯が付かず、腹も深くまで切り、首も切ったがなかなか死ねず、肉体の死のみならず、天に還るにも時間を要してしまったとのことでした。

苦しさはあったものの、当時は切腹することで家を守るのが役目であり、それについては何も悔やんでいないとのこと。当時の日本人はテレパシーを使えており、それぞれが自分の立場と役目を理解しており、戦においても誰が指示するまでもなく、それぞれが自ら役目を果たしていたのだそうです。

その感覚を今後思い出していくのだろうと思います。

帰ろうと歩き出すと目が急に痛くなり涙が出る「まだもう少しいてくれ」とメッセージがありしばし滞在してから、お線香も日本酒も持ってくるのを忘れていたことに気が付き、鎌倉駅前で諏訪照雲頼重殿と直会してきました。

最初のビールは呼びかけを忘れてしまい普通に飲んじゃいまして、途中で気付きお声がけ後に飲んだビールはとても苦くなっており、しかも「何だこれは!」と言われる始末(笑)

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日本酒で仕切り直して、とても喜んでくれました。

しばらくして天界に帰るというので、感謝と共に上げさせて頂き、今後の守護をして頂けることになりました。

どうもありがとうございました。

感情がセーブされている私ですが、この時は結構泣いていました。何が悲しいとか、うれしいとか、そう言うのはないのですが、ただただ泣けてきました。

感情が戻るのも、もう少しみたいです。


今日は横浜個人セッションと712SOUND8打合せの後、次のツアー・香川高松鬼ヶ島へ向かいます。
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