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三輪山登りました。

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10月22日(水) 三輪山に登りました。

まずは大神神社にて前回忘れていた一之宮シリーズの光の柱を立ててから狭井神社に向かいます。

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小雨降る曇り空のなか狭井神社にて登拝登録をして鈴付きの襷をかけて登ります。寒いかと想像していたら暑くて上着を脱いで汗を拭きながら薬水を飲みながら山頂を目指しました。写真撮影禁止なので写真無しです。

山頂手前の神社に参拝時に右後ろに人気を感じながらでしたが、人はおらず(笑)

ここでは、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)と大吉備津彦命 (おおきびつひこのみこと)の和解、箸墓古墳に続く…


山頂の磐座(シップ)に到着し参拝と光の柱を立てて、シリウスとオリオンの和解を致しました。(^^)

話しを端折り過ぎてわかりませんね(笑)

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三輪そうめん(にゅうめん)を食べてオリオン大戦ミッション・コンプリート



石上神宮にワンタッチして、別ミッション・コンプリート



箸墓古墳に行き、光の柱を立てて、光を送り浄化を促しました。

倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)=卑弥呼のお墓と言われておりますが、モモソヒメはそこでは亡くなっておらず、変わりの者がそこで殺されたと言う話しもあり、現時点ではどちらか未確認ですが、どうも卑弥呼本人がそこで殺されていたようです。四国のモモソヒメは死後エネルギー体として行ったように思われます。(10/24追記)
その他の巫女達もそこで生き埋めにされて多くの巫女が亡くなっている墓陵でした。

背景は巫女の神託から政治をする時代から人が行う政治に変化させることだったのでしょうが、あまりにも衝撃的で惨い転換点でした。

地元の人々にはそれが代々口伝で伝わっていたのでしょう。それが箸墓の言い伝えであり、その衝撃があまりにも大きかったことを物語っていると思います。

巫女の記憶がある人や見える人は、箸墓古墳には行きたくないでしょう。

その様なところですが、当時は時代の流れの必然であり、その想いを後世に伝え繰り返さないことが大事なので歴史から学び、未来に繋げたいと思います。


今回の流れから四道将軍に繋がりました、これもシリーズ物でしょうかね(^^;)

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